哲学の謎

ふたりの「私」同士が語るという体裁。日常で語られる哲学。言葉は平易だが読解は容易ではない。反復しながら咀嚼しながら読み進めていった。
平凡な物事に疑問を持ち、スクラップアンドビルドする作業の結実が哲学だとしたら、その端緒を紐解きプロセスを示しているのが本書。疑問を持って哲学の森へ飛び込む初期衝動はロックのそれとは違う。熱さというよりはもやもやだ。もうちょっとかっこよくいえば知的欲求かな。そして哲学とは数学、物理学、言語学社会学などの母艦 - 飛び立ち帰り着くところ - なのだろうと感じた。

みんな「ヒリヒリする」って言うけど、誰もが同じ感じのことを指しているのかどうか。君が「ヒリヒリする」って言うとき、それはぼくなら「チクチクする」って言うような感じかもしれないし、あるいは、ぼくが感じたことのない変な感じを君は「ヒリヒリする」って呼んでるのかもしれない。

哲学の謎 (講談社現代新書)P85

「私が『赤』と呼ぶ色は、彼が『赤』と呼ぶ色と同じだろうか」。

哲学の謎 (講談社現代新書)P85

「私的体験」の項にある上記引用は自分も幼少期の頃から折りにふれ頭をもたげる疑問だけに共感度も高い。この疑問を起点に本書では私的言語の発明を試みる。その試みは完遂しないのだが、なるほど面白いなぁ。私的言語の、翻訳する際に適当な言葉が見つからない煩悶に似ているかもしれない。

──すると、天涯孤独のロビンソンは、
徹頭徹尾、正常。
さらに言えば、われわれのロビンソンは狂気とも無縁だ。

哲学の謎 (講談社現代新書)P116-P118

「生後ほどなくして無人島に捨てられ、狼に育てられるのでも羊飼いに育てられるのでもなく、何か自然の恩寵によって自力で生き延びてきた人」をロビンソンと例えたあとの述懐が上記引用。天涯孤独のロビンソンは病気しらずで狂気とも無縁、徹頭徹尾「正常」だという。なるほどたった一人では社会が形成されていないので、「身体の異変」における「異」となる基準も、「狂気」と「正気」の境界線も存在しないからだ。ヒトは一人では動物でしかなく、人間ではないということ。社会が形成されてあらゆる事物に名前が付けられる。それが規範になるということだよね。このあたりはプログラミングに通じるなと感じた。ひとつのアプリケーションを創り上げる過程で、クラスに、プロパティに、メソッドに名前をつけてそのアプリケーションの世界に規範を形作る。


さてさて僕も小さな世界の新たな規範づくりに勤しみますか。


哲学の謎 (講談社現代新書)
野矢 茂樹
講談社
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