こころ

青空文庫を豊平文庫で。

大学時代に友人が「『こころ』は面白いよ」と言っていたのだが、その頃読まなくてよかった。精神的にズタボロだったあの頃に読んでたらやばかったね。
最近Web上での文章かビジネス書ばかりを(と言ってもそれほどの量は読んでいないが)読んでいた身としては、心の機微を絶妙に切り取ったたおやかな表現の宝庫に付箋しまくりでした。以下に付箋したいくつかの表現自体が気に入っているところや何かを示唆していると思われるところを記しました。あとから見返してみると「どうしてこれ付箋したんだろう?」というところもあったけど。

「恋の満足を味わっている人はもっと暖かい声を出すものです。しかし……しかし君、恋は罪悪ですよ。解っていますか」

「議論はいやよ。よく男の方は議論なさるのね。面白そうに。空の杯でよくああ飽きずに献酬ができると思いますわ」

梅が咲くにつけて寒い風はだんだん向きを南へ更えて行った。それが一仕切経つと、桜の噂がちらほら私の耳に聞こえ出した。

「そんな鋳型に入れたような悪人は世の中にあるはずがありませんよ。平生はみんな善人なんです。少なくともみんな普通の人間なんです。それが、いざという問題に、急に悪人に変るだから恐ろしいのです。だから油断ができないんです」

私の哀愁はこの夏帰省した以後次第に情調を変えて来た。油蝉の声がつくつく法師の声に変るごとくに、私を取り巻く人の運命が、大きな輪廻のうちに、そろそろ動いているように思われた。

私の心臓を立ち割って、温かく流れる血潮を啜ろうとしたからです。

私は今自分で自分の心臓を破って、その血をあなたの顔に浴びせかけようとしているのです。私の鼓動が停った時、あなたの胸に新しい命が宿る事ができるなら満足です。

香をかぎ得るのは、香を焚き出した瞬間に限るごとく、酒を味わうのは、酒を飲み始めた刹那にあるごとく、恋の衝動にもこういう際どい一点が、時間の上に存在しているとしか思われないのです。

私は冷ややかな頭で新しい事を口にするよりも、熱した舌で平凡な説を述べる方が生きていると信じています。


兎にも角にもKにしろ先生にしろ、自意識過剰もいいとこですね。自分の頭だけで考え過ぎ。頭いいと大変ね。…で、自分も無い頭でやたら考える上にウジウジしちゃう方なので物語にしっかり埋没できました。
一貫して希薄な印象の肉体性が先生の手紙の佳境にさしかかるあたりに織り込まれる「血」という言葉で途端に顕になり、メンタルがフィジカルをやがて崩壊せんとする戦慄を感じずに入られませんでした。鈍く沈殿する自己嫌悪がまさにどろっとした赤黒い血のように溢れ出るようなクライマックスへ向かう高揚感はたまりませんでした。


ちなみに、初めて読了した電子書籍XHTMLなのだろうがとにかく読みやすい。さらに大辞林とのコラボレーションは秀逸。読前はiPhoneでは字が小さくて読みづらいのではと危惧していたが列数を変えられるので苦にならない。PDFよりもXHTMLベースのEPUBが断然いいですね。


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この文章は東北大震災前に記したものです。